法人後見事業活動事例(6)

事例(6)被害妄想のあるAさんへの対応

私が、Aさんの担当になったのは、軽費老人ホームに入所していたAさんが介護老人保健施設へ移られたばかりの時でした。Aさんは認知症のある90歳代の男性です。穏やかな雰囲気の方で、歩行も普通に出来ますが、難聴のため、会話する時は耳元で大声を出し伝えている状態でした。

新しく担当になったばかりの私は、施設の職員の方からAさんへの対応について次のような説明を受けました。「Aさんは多分に被害妄想的な部分があるので、お金の話と年金の話はしないでください。Aさんはそれらの話を耳にすると、『お金を施設の男に取られた。やくざが持って行ったと思う。年金もどうなっているのやらさっぱり分からず、通帳もない。心配でたまらない。誰か、頼むから、年金がどうなっているか聞いてみてくれないか。』と言い出し、興奮して職員について回るため、職員は仕事ができない状態となってしまいます。施設側は、いつもきちんと心配しなくて良い旨を伝えていますが、耳元で大声を出し何回話してもAさんは受け入れてくれません。お金の話はできない状態です。」との説明がありました。

被害妄想のあるAさんのイメージイラスト

私は、通常、ひと月に1回、施設を訪問し施設料の支払いをした後、預り金の精算を済ませ、本人に面会して外見上の変化はないか、施設に慣れてきたか、又、不安そうではないかなどを観察し、また来月訪問する旨伝えて退室しています。
そんなある日、面会時にAさんが「ここにいつまでもいていいのだろうか、お金は払わなくていいのだろうか。」とお金の心配をされていたので、「支払いは通帳から出して私が払っているし、年金もきちんと入っているから心配しなくていいですよ。」と話して帰ったところ、翌月の訪問時に施設の担当者から、「社協さんが帰った後、Aさんが興奮して自分のお金はどうなったか調べてほしいと職員を追い掛け回し大変だった。」との報告がありました。改めて、「お金に関することは言わないでほしい。」との要請があったため、「以後気を付けます。」と返事をしました。

被害妄想のあるAさんのイメージイラスト

しばらくして、Aさんは以前から申し込んでいた特別養護老人ホームへ入所出来ることになりました。新しい施設での暮らしに慣れるまでが不安だろうと心配していましたが、意外にもAさんは「ここが世界中で一番いい!」と面会室で話されました。その時に同席された職員の方にAさんの日常の様子を聞いたところ、「Aさんはよくお金の心配をされます。今までは、本人さんにお金の話はしなかったようですが、ここでは本人が納得するまで何度でも話していただいて結構です。不安はその場でできるだけ解消してもらうようにしています。」と言われました。そのほか、「Aさんとの会話はいつもちょっとしたメモ書きやジェスチャーでされていますが、筆談されてはいかがでしょうか。」とアドバイスもいただきました。
職員の方の話に私はとても驚きました。それと同時に、被後見人の方への対応について大切なことを教わり、忘れていたことを思い出しました。
センターに戻ってすぐに後見担当の専門員に報告し、今後はAさんに通帳の中身を見ていただいて良いか相談しました。早速、翌月の訪問時に定額預金や他の通帳のコピーを持参して、Aさんご本人に確認していただきました。Aさんはコピーを見て、「自分の生存中はこんなに使いきれない。」と発言され、とても満足しているようでした。今までは自分の預金内容が分からなかった為にいつも不安を持たれていたようですが、通帳を自身で確認することで、その不安は解消されたような感じを受けました。
その後も、訪問時には何度も繰り返し同じようなお金に関する質問をされますが、ゆっくりと筆談で納得のいくまで説明することで本人も安心しているようです。
Aさんの支援を通して、被後見人の方への対応方法について次のようなことを学ぶことが出来ました。

①被後見人の方が不安を感じているときは、不安材料を遠ざけるのではなく、ご本人が納得出来るまで何度でも説明する
②口頭で説明しただけでは納得されない場合は、現物やコピーを提示して説明する
③同じ質問を繰り返す方には、その都度、丁寧に繰り返し説明する
④難聴の方には、筆談で説明した方が理解を得やすい場合もある

Aさんは、現在もこの施設で生活されていらっしゃいます。車いすを使用されるようにはなりましたが、試乗してご自身の身体に合ったものを購入したお蔭で快適に移動が出来ているようです。訪問時、その購入代金についてたびたび尋ねられますが、その都度、通帳を見せて「ちゃんとお支払いを済ませていますよ。」と説明すると、穏やかな表情で「お金は残してもしょうがないから、何か考えよう。」とポツリとつぶやかれます。そんなAさんを見ると、関係者の対応ひとつでご本人の安心感がこんなに高まることを改めて感じています。